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宮崎地方裁判所 平成6年(ワ)169号 判決

原告 萱嶋太郎

被告 国

代理人 菊川秀子 堀憲治 日高静男 大嶺忠敏 岩元和男 ほか三名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは原告に対し、連帯して金三〇〇万円を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

第二事案の概要

細川内閣は、平成五年九月一七日、第一二八回臨時国会に公職選挙法の一部を改正する法律案、衆議院議員選挙区画定審議会設置法案、政治資金規正法の一部を改正する法律案及び政党助成法案の四法案(以下「政治改革関連四法案)という。)を提出した。右法案は衆議院においては可決等されたものの、参議院では否決された。そこで、両院協議会が開催され、成案を得て、これが平成六年一月二九日に衆議院及び参議院でそれぞれ可決され、法律として成立した。

原告は、(一)右政治改革関連四法案は、両院協議会で成案が得られないものとして廃案とされるべきであったにもかかわらず、被告細川、同河野及び同土井は両院協議会に違法に関与して成案を得させ、法律として成立させた、被告細川らの右行為は議会制民主主義破壊の違法行為であり、被告細川らは原告に対して不法行為責任を負うと主張し、更に、(二)政党助成法について、国庫から支出される政党交付金には原告が納付した税が含まれているのであるから、結果的には、原告は自己の支持しない政党に対する献金を強制されることになる。これは、原告の思想良心の自由を侵害するものであり、政党助成法の立法行為は憲法一九条に違反する違法行為である旨主張し、被告細川、同河野及び同土井に対しては民法七〇九条に基づき、被告国に対しては国賠法一条一項に基づき原告が被った精神的損害の請求をした。

第三本件の争点

一  政治改革関連四法案の成立手続における被告細川らの行動の違法性

二  政党助成法立法の違法性

第四争点に対する判断

一  政治改革関連四法案成立手続における被告細川らの行動の違法性について

1  事実の経過

〈証拠略〉からすると次のとおりの事実を認めることができる。

(一) 政治改革関連四法案は、平成五年九月一七日、第一二八回臨時国会に提出され、衆議院本会議で可決又は修正議決されて参議院に送付されたものの、平成六年一月二一日、参議院本会議で否決され、その旨衆議院に通知されるとともに返付された。衆議院は、平成六年一月二六日、参議院に対し、両院協議会の開催を請求し、同日、第一回の両院協議会が開催されたが、実質的な協議に入らず散会した。

(二) 一月二七日、第二回の両院協議会が開催され、衆議院の議決の趣旨等についての説明に引き続き協議が行われたが、成案を得るには至らないまま、衆議院協議委員議長市川雄一が、「それでは、議長の責任において申し上げたいと思います。このままでは、この両院協議会における成案は得られないものと思います。したがって、その旨、両院議長に御報告をいたしたいと思います。両院協議会を開きましたが、成案を得るに至らなかった、こういう御報告をすることにいたしまして、本日は、散会いたします。」と発言して、同日午後一一時二八分、同協議会は散会した。しかし、両院協議会の協議を終了するかどうかという点に関し、両院協議会に出席していた協議委員の採決はとられなかった。

(三) 第二回両院協議会終了後、衆議院協議委員議長市川は被告土井に対し、両院協議会での議事の経過を報告するとともに、被告細川と被告河野の会談の実現に尽力するように要請した。一月二八日、被告土井は、被告河野及び被告細川を議長公邸に個別に招いて現状を打開するための方策について意見を求めるとともに、政治改革関連四法案の取扱いに関する見解(衆議院議決案のうち、施行期日を除いたものを両院協議会の成案とし、法律として成立させる。右法律の修正について引き続き連立与党と自由民主党との間で協議する。この協議で合意が成立した後、前記法律の施行期日を定める)を述べた。その後、被告細川と被告河野は会談を行って協議し、その結果、政治改革関連四法案に関する合意が成立するに至った。

(四) 一月二九日、第三回の両院協議会が開催され、その冒頭で衆議院協議委員議長市川は、「一昨日の両院協議会の運営におきまして、参議院側の皆様から、協議会をまだ続行すべきであるとの要望がございましたが、私の判断で協議を打ち切りましたことはいささか配慮が足らなかったと存じ、ここに遺憾の意を表します。」と述べた。同日の両院協議会において、市川協議委員は、協議案として、政治改革関連四法案のうち衆議院議員選挙区画定審議会設置法案に関して、衆議院議決案附則第一条中「公布の日」とあるのを「別に法律で定める日」に改め、その余は衆議院の議決のとおりとし、その他の三法案は衆議院議決のとおりとする案を提案し、協議を行った結果、右協議案をもって、両院協議会成案として可決された。

(五) 一月二九日、政治改革関連四法案に関する右両院協議会成案が、衆議院及び参議院においてそれぞれ可決され、法律として成立した。

2  原告の主張

原告は、事案の概要欄に記載したとおり、政治改革関連四法案は廃案とされるべきものであったにもかかわらず、被告細川らは両院協議会に違法に関与して成案を得させた旨主張している。

3  検討

1において認定したところからすると、政治改革関連四法案について両議院は両院協議会において協議が成立したものとして取り扱い、成案について議決していることが明らかである。ところで、日本国憲法が採用する権力分立の精神からすると、国会、内閣、裁判所の各機関は、それぞれ他の機関の介入を許さない内部規律の権能(自律権)を有するものであり、右各機関は相互にその自律性を尊重すべきであるところ、これを裁判所と国会との関係についてみると、裁判所は、両議院において、両院協議会での協議が成立したものとして取り扱い、その後の手続が進行して法律として成立している以上、明らかな憲法違反事実が存しない限り、両議院(国会)の自律性を尊重すべきであり、裁判所は、両議院の議事手続(議事運営)の適否について判断すべきではないと解するのが相当である。そして、政治改革関連四法案の成立過程における議事手続に明らかな憲法違反があることを窺わせる証拠はない。したがって、政治改革関連四法案が廃案とされるべきものであったとの原告の主張は採用できず、これを前提とする原告の主張は理由がない。

なお、原告の被告細川、同河野及び同土井に対する請求については、弁論の全趣旨によれば、被告細川は衆議院議員・当時の連立与党の代表者として、被告河野は衆議院議員・自由民主党総裁として、被告土井は衆議院議員・衆議院議長としてそれぞれの政治的主張・信条に基づき「これを実現することを目的として政治改革関連四法案を成立させるべき行動」したものであると認めることができる。そして、憲法五一条の保障は、衆議院議員としての立場を有する者の本件のような立法に関する政治的活動に対しても及ぶと解されるから、個別の国民が被告細川らの右政治的活動を理由として不法行為責任を追及することは許されないというべきである。

以上のとおりであり、政治改革関連四法案成立手続における被告細川らの行動が違法であることを理由とする原告の請求は失当である。

二  政党助成法立法の違法性について

1  原告の主張

原告は、政党助成法について、国庫から支出される政党交付金には原告が納付した税が含まれているのであるから、結果的には、原告は自己の支持しない政党に対する献金を強制されることになる。これは原告の思想良心の自由を侵害するものであり、政党助成法の立法行為は憲法一九条に違反する違法行為である旨主張する。

2  検討

(一) 国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではないというべきであって、国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというがごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けないものといわなければならない(最高裁判所昭和六〇年一一月二一日判決・民集三九巻七号一五一二頁)。

(二) 日本国憲法が採用している議会制民主制度においては、国民各層の間に存在する多種多様な利害、価値観を代弁し、その組織的活動を通じて国民意思を形成することを目的とする政党は不可欠の存在であるといっても過言ではない。この意味において政党には公的側面が存することは否定できないというべきところ、政党の有するこのような公的側面からするならば、政党がその活動のために必要とする経費の一部を公費をもって助成することに合理的理由がないとはいえない。

(三) 政党助成法は、「議会制民主政治における政党の機能の重要性にかんがみ」、「政党の政治活動の健全な発達の促進及びその公明と公正の確保を図り、もって民主政治の健全な発展に寄与することを目的とする」ものである(一条)。また、政党交付金の配分基準は、国政への参加の度合いに応じて交付される「議員数割(政党に所属する衆議院議員及び参議院議員の数に応じて交付される政党交付金をいう。)」と国民の支持の度合いに応じて交付される「得票数割(総選挙の小選挙区選出議員の選挙及び比例代表選出議員の選挙並びに普通選挙の比例代表選出議員の選挙及び選挙区選出議員の選挙における政党の得票数に応じて交付される政党交付金をいう。)」とにより決せられるものである(三条)。また、交付金の交付を受けた政党は、その使途を明らかにしなければならず(一七条)、国民にはその内容が明らかにされることになっている(三一条、三二条)。現代における議会制民主政治の円滑な運営のためには政党が不可欠の存在であることを考慮し、また、政党助成法が、個々の政党への援助ではなく、政党制度そのものを支え、政治腐敗を防止することを目的として制定されたものであること、政党交付金の配分基準は抽象化されたものではあるけれども、国民意思にほぼ重なるように設定されており、特定の政党に有利に働くような事由はないこと、政党交付金の使途は公表され、国民による批判が可能な制度となっていることの諸事実からすると右法律の目的及び手段内容が明らかに不合理なものであるとはいえない。また、政党助成法の内容は、原告に対し、直接に何らかの作為、不作為を強いるものではなく、その思想、良心に制約を加えるものではない。そうすると、政党交付金の中には原告の納める税の一部が含まれている可能性があり、その結果、抽象的には、原告の負担において原告の支持しない政党に対して資金援助がされることになったとしても、思想良心の自由を保障する憲法一九条の一義的な文言に違反しているとまではいえない。また、個別の国民が立法活動の違法性を主張して国会議員個人に対し不法行為責任を問うことができないことは先に述べたとおりである。

以上のとおりであり、政党助成法立法の違法性を理由とする原告の請求も理由がない。

第五結論

以上によれば、原告の本訴請求は、いずれも理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤誠 黒野功久 内藤裕之)

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